【小説】吉永南央作 花ひいらぎの街角 おすすめです!

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理想の老後。

 

って言うと、このシリーズを思い出します。

今月頭に購入した新刊ですが、なっかなか読み進めず、先日ようやく読破しました。

 

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いやー、今回も面白かった!満足ですー。

 

私、この小説のシリーズが大好きなんですよ。

小さいころは読書大好きフィクション大好きな私でしたが、大人になって、理系に進んで、就職して、あまり小説を読まなくなっていました。

 

でも久しぶりに、新刊が出るのをわくわくしながら待てる作品に出会えました。

 

しかし出会ったきっかけは覚えてないのです。

テキトーに生きてるからなぁ。

なんで買おうと思ったんだっけ。

大した理由はなかった気がするんですが、偶然とはいえこの本を手に取った過去の自分に感謝したい。

 

この本の主人公、杉浦草(そう)は、80代のおばあちゃんです。

「小蔵屋」(こくらや)と言うお店を経営しています。

「お草さん」と呼ばれるこのおばあさんを中心に、紅雲町という架空の町を舞台にお話は進みます。

 

分類上はミステリーって言うのが違和感ありましたが、まぁそうか。

そうなるか。

ミステリーって言ったって、不審死が続くとか殺人鬼が出て来るとか、誘拐とか強盗とか、そういう血なまぐさい感じではないです。

 

小さな町の、広いようで狭い人間関係の中で、小さなトラブルや、些細なすれ違いや、ともすれば、誰にも気づかれず隠ぺいされてしまいそうな不祥事、風化してしまいそうな事故、そういったものが、丁寧に丁寧に、解きほぐされていくのです。

 

お草さん本人にも、この謎を解決してやる、とか、犯人を追いつめてやる、とか、そういうぎらぎらした気持ちはなくて、ただ、自分の心に引っ掛かる事、親しい人たちの困りごと、そういう事にきちんと向き合った結果として、徐々に真実が見えてくるのです。

 

丁寧に誠実に生きるという事。

 

理想の老後、と冒頭で書いた理由です。

 

生きがいと言える仕事を持ち、毎朝きちんと身支度を整え、食事を作り、体を動かし、人と関わり、時には怠けたい日があっても表には出さず、幼馴染や友人との安らげる時間もあり、若い人からは尊敬と憧憬の対象となり、年老いても何事にも意欲的で、されど驕らずいつも穏やか。

 

これが70~80代で出来ている人がどれだけいると言うのか!

たぶん、私も憧れるだけで実践は出来ないだろうなぁ、と思う。

 

でもね。

年を重ねると言う事は、経験も重ねると言う事で。

見える姿が立派でもみっともなくても、どんな人でも、今見えている姿の裏に、生きた年数分、色々なモノを背負っているんですよね。

お草さんの過去にも色々あるのです。

 

今回の作品で、印象的だった言葉です。

 

「なくしたもの、手放したもの、いろいろあって、最後に残ったのがこの店だった。」

 

若い女性のデザイナーから、どうすればお草さんみたいに楽しく仕事が出来るのか、と問われた時のセリフです。

 

あれもない、これもない、と嘆くより、これはある、あれも残っている、じゃあ何ができる?と考える方が楽しい。

 

私もそんな風に、今あるものを大切に、丁寧に生きられるようになりたいです。

 

お草さんはフィクションの存在ですけど、理想のおばあちゃん、で現実に一番近いのが、私の母方の祖母です。

 

祖母は、母に言わせれば、理屈っぽくて口煩くて付き合うのが大変、だそうなんですが。

 

家族以外の人間から、祖母はよく褒められていたのです。

(あ、過去形にしちゃった。今も健在です。一緒に住んでいたころの話なので、つい。)

どんな人でも、一度祖母と話すと、品の良い方、賢くて教養がある人、素敵なおばあちゃん、と口をそろえるのです。

電話で一度話しただけの知人ですら、言うのです。

 

一緒に住んでた頃、毎日話してた自分にはピンとこなかったのですが。

落ち着いた声のトーンや、選ぶ言葉、ゆっくりと丁寧な話振りなどが、知性と品性の高さを感じさせるらしいのです。

 

明るくて、穏やかで、先に亡くなった祖父をとても大事にしていて、確かにお節介なところもあるけれど、90過ぎてもとても矍鑠とした人で、まぁ理想の老婦人と言っていいと思います。

 

祖母は戦争経験者で、人生色々思い通りにならなかった事もあったみたいで、でも、そういうものはおくびにも出しません。

ただひとつ、仕事を続けられなかった事が悔しかったみたいで、大学生の頃、良く言われました。

せっかく勉強したのだもの、必ず仕事を持ちなさい、結婚しても子どもが出来ても辞めてはいけない、女性も自立しなければならない、と。

 

この点、両親の方が保守的で、結婚して子どもを育てる事こそ女の幸せ、みたいに考えている節がありました。

 

歩んできた時代の差でしょうか。

個人的には、末っ子箱入り娘で社会経験も未熟な母より、精神的に自立した祖母を目標にしています。

そういうところも、お草さんに似ている気がします。

 

母は、専業主婦としてやるべきことはやった人だと思うし、そこは尊敬していますけれどもね。

 

本の感想ではなく、自分語りになってしまった。

いつものことか。

 

吉永南央さんの作品は、内容ももちろんなんですが、文章がとても素敵です。

私は専門家ではないので、文学作品としてどうかとか、そういう評価は出来ず、個人の感想の域を出ないのですが。

 

ミステリー、と言う枠に違和感があったのもこの文章力ゆえだと思います。

 

謎解きを楽しむのではなく、文章そのものを味わう為に読みたい。

私はいつもそういう気持ちで、このシリーズを手に取るからです。

 

最近は、突飛な設定とか奇をてらったストーリーとか、そういうものが話題になって売れる本が多くて、それに比べればこの作品は全体的に地味です。

物語のヤマも目立つキャラクターもいない、普通の町の普通の人たちの話です。

でも、それを描写する文章そのものが素晴らしい。

だからこそ読みたくなる。

登場人物の人となりや、出て来る小道具、街の風景、色や季節を表現する、細かな描写と豊富な語彙力。

 

何でもない事を、いかに魅力的に表現できるか、が物書きとしての腕の見せ所ではないでしょうか。

その点、どこにでもある様な出来事を色鮮やかに見せてくれるこの作品は優れていると思うのです。

 

フィクションであっても、この町を歩いてみたい、このお店に行ってみたい、と思わせる力があります。

 

人によっては、起伏がなくてつまらない、と言う人もいるでしょう。

でも、ストーリーで惹きつける本は、一度読んだら二度目に読むときは初回程のわくわくはない。

何度読んでも楽しめる、手元に置いておきたくなる本。

 

それがこの「紅雲町シリーズ」だと思います。

 

 

 

 

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  1. 2018 02.01

    苦手です。

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